東急バスの設立
その後、東急電鉄はバス事業の自立と経営の安定化を図るべく、1991年に東急バス株式会社を設立、事業を移譲した。これにより、収支はまもなく黒字に転じている。同じく東急バスのほうも、黒字を維持している。さらに、バス事業の規制緩和を前にした1998年には東急トランセを設立、代官山地区での運行を開始するとともに、翌年より東急バスの路線の受託運行を開始し、現在に至る。

年譜
1929年3月17日 東京横浜電鉄、神奈川自動車より東神奈川 - 川和間、六角橋 - 綱島を譲受し、バス事業を開業。
1929年6月1日 東京横浜電鉄、バス事業を東横タクシー(5月に東京横浜電鉄の全額出資で設立。現在の神奈川都市交通の前身)へ譲渡。
1929年6月25日 目黒蒲田電鉄、大井町駅 - 荏原町車庫前(東洗足との説もある)間を開業。
1929年8月
東京横浜電鉄、ヱビス乗合自動車(1923年設立。田町駅 - 白金三光町 - 恵比寿駅間。現在の都営バス路線。)および代々木乗合自動車(1920年設立。渋谷駅 - 幡ヶ谷 - 中野駅間他)を傘下におさめる。
1929年11月21日 ヱビス乗合自動車、代々木乗合自動車を合併し、東横乗合と改称。
1932年2月 目黒蒲田電鉄、大森乗合自動車(未開業。大森駅 -
梅屋敷通り間。現在の京浜急行バスの路線。)を傘下におさめ、4月25日に開業させる。
1932年12月8日 東横乗合、城西乗合自動車商会(大宮八幡公園 - 牟礼 - 武蔵小金井間。現在の京王バス東の路線)を買収。
1933年2月 東京横浜電鉄、溝ノ口乗合自動車(古家達三経営。川崎駅 - 溝ノ口間他)を買収。
1933年6月1日 目黒蒲田電鉄、バス事業を目蒲乗合(2月に目黒蒲田電鉄の全額出資で設立)へ譲渡。
1933年6月1日 東京横浜電鉄、東横タクシーよりバス事業を譲受し、直営を再開。
1933年8月1日 目蒲乗合、大森乗合自動車を合併。
1934年10月1日 目黒蒲田電鉄、池上電気鉄道を合併し、同社バス路線(1927年9月開業。品川駅 - 五反田駅 - 中延間他)を承継。
1935年4月8日 東横乗合、旧城西乗合自動車商会の路線を帝都電鉄へ譲渡。
1935年7月26日 東京横浜電鉄、大正自動車(1929年5月設立。児玉衛一経営。中野坂上 - 中野駅
- 沼袋 - 練馬駅間他。現在の京王バス東の路線。)を傘下におさめる。
1935年6月1日 東横乗合、大正自動車と東横タクシーを合併。東横タクシーからは観光バス事業を承継。
1936年11月1日 東京横浜電鉄、東横乗合を合併し、バス事業を一本化。
1937年6月1日 目黒蒲田電鉄、目蒲乗合からバス事業を譲受し、バス事業を一本化。
1937年12月1日 目黒蒲田電鉄、目黒自動車運輸(1923年4月開業。玉川電気鉄道傘下。田町駅 - 高輪警察署前
- 日吉坂上- 目黒駅 - 自由ヶ丘間他)および芝浦乗合自動車(1930年1月設立。玉川電気鉄道傘下。田町駅 - 天王洲橋間他)を合併。
1937年6月1日 東京横浜電鉄、日本興業(通称・山手バス。玉川電気鉄道傘下。渋谷駅南口 - 赤十字病院前間他)の路線を譲受。
1938年4月1日 東京横浜電鉄、玉川電気鉄道を合併し、同社バス路線(渋谷駅 - 溝ノ口 - 荏田 - 長津田間他)を承継。
1939年6月16日 目黒蒲田電鉄、城南乗合自動車(大井町駅 - 立会川 - 現在の西大井駅周辺)を傘下におさめる。
1939年10月1日 目黒蒲田電鉄、東京横浜電鉄を合併。
1939年10月16日 目黒蒲田電鉄、東京横浜電鉄と改称。
1942年2月1日 陸上交通事業調整法に基づく戦時統合のため、山手線以内を中心とする路線を東京市へ譲渡。
1942年5月1日 京浜電気鉄道、小田急電鉄を合併し、東京急行電鉄に改称。両社のバス事業を承継。
1942年5月1日 城南乗合自動車のバス事業を吸収。
1942年12月 梅森蒲田自動車(旧京浜電気鉄道系。蒲田駅 - 六郷土手間他)のバス事業を吸収。
1944年5月31日 京王電気軌道を合併し、同社バス事業を承継。
1944年8月1日 府中乗合自動車商会(現在の京王バス中央の路線)を傘下におさめ、同時にバス事業を吸収。
1947年6月25日 東京都交通局と協定し、駒沢 - 築地間、洗足 - 東京駅間、都立高校(現在の都立大学駅) -
東京駅間の三路線で都心相互乗り入れを実施。
1947年7月11日 横浜市交通局と臨時運転契約を結び、8月1日から東神奈川 - 川和間、8月16日から横浜駅 -
杉田間(現在の横浜京急バスの路線)でそれぞれ横浜市営バスによる代理運行が行われる。
1947年9月13日 大森駅 - 池上駅間で電気自動車を導入。
1948年5月26日 日本遊覧自動車(現在の日本交通観光バス)に観光バスの営業権を譲渡。
1948年6月1日
京王帝都電鉄(現在の京王電鉄)、小田急電鉄、京浜急行電鉄を設立して分離。京王線以北のバス路線を京王に、東海道線以南のバス路線を京急にそれぞれ譲渡。
1953年7月22日 観光バス事業に再進出。
1954年6月26日 江ノ島鎌倉観光(現在の江ノ島電鉄)との共同運行による、渋谷駅 - 江の島間の江の島線運行開始。
1961年4月15日 大森駅 - 馬込循環線でワンマンカーの運行を開始。
1961年7月1日 渋谷駅 - 長野駅間の長距離バス長野線、運行開始。
1966年4月 第三京浜道路経由の渋谷駅 - 横浜駅西口間運行開始。江の島線も第三京浜経由に変更。
1967年12月25日 首都高速3号渋谷線経由の高速通勤バス、桜新町 - 東京駅南口間運行開始。
1971年6月30日 長野線廃止。
1973年6月 乗合バスが全車ワンマン化。
1974年 江の島線廃止。
1975年12月24日 デマンドバス「東急コーチ」自由が丘駅 - 駒沢間運行開始。路線は貸切バスの扱い。
1982年 第三京浜経由の京浜線(二子玉川園駅 - 横浜駅西口間)廃止。
1987年5月16日 高速通勤バスの運行を取り止め。
1988年10月25日 夜間高速バス「ミルキーウェイ」渋谷駅 - 和歌山駅間(和歌山線)および渋谷駅から鶴岡・酒田間(酒田線)運行開始。
1989年7月3日 深夜急行バス「ミッドナイトアロー」渋谷駅 - 青葉台駅間運行開始。
1991年5月21日 東急バス株式会社設立。東京急行電鉄のバス事業を継承。
1991年10月1日 東急バスが営業開始。
1998年4月1日 東急トランセを設立。
1998年9月30日 夜間高速バスから撤退。
1998年10月1日 羽田空港連絡バス・たまプラーザ駅 - 羽田空港間運行開始。
2001年3月1日 東急コーチのデマンド運行を廃止。一般路線バスに転換。(東急コーチの呼称は継続使用。)
2003年4月16日 成田空港連絡バス・新百合ヶ丘駅 - たまプラーザ駅 - 成田空港間運行開始。
2005年12月1日 パソコン・携帯電話から閲覧可能な東急バスナビが(一部路線を除く)路線バス全線に導入される。
2006年11月16日 川和線市03系統(市が尾駅 - 横浜駅西口)区間廃止(又口橋 -
横浜駅西口が廃止)に伴い東急バスの横浜駅西口乗入れがなくなる。
2007年7月12日 センター北・センター南 - 羽田空港間運行開始。
2008年3月30日 横浜市営地下鉄グリーンライン開業に伴い、日吉駅・綱島駅・港北ニュータウン発着路線を再編。路線の新設・廃止・ルート変更、停留所の新設・移設・停留所名の変更など、再編の内容は多岐に渡る。
2008年7月18日 中山駅・センター南 - 成田空港間運行開始。
2008年9月8日 本社事務所を目黒区大橋一丁目から、目黒区東山三丁目の東急池尻大橋ビルに移転。
2009年4月24日 二子玉川駅 - 羽田空港間運行開始。
2010年9月30日 川崎営業所が営業を終了。
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